しまなみ海道は、広島県の尾道から愛媛県の今治へと至る、島々をつなぐ道だ。約60キロメートルにわたって、瀬戸内海の穏やかな景観を楽しみながら移動できる。自転車でこの道を走るのが一般的だが、今回は歩きと自転車を組み合わせた、マイペースな旅をすることにした。
朝の光が柔らかかった。尾道の坂道を登ると、海が見えた。瀬戸内海は、その名の通り瀬戸に囲まれた内海で、荒れることが少ない。この日も、水面は鏡のように穏やかだった。遠くに見える島々のシルエット、その間を行き交う船の白い筋。静寂と動きが共存する、瀬戸内特有の景観である。
橋の上から見える光と海
最初の橋を渡る時、初めてしまなみ海道の全体像が眼前に広がった。大きな橋が幾つも架けられ、それぞれが島々を結んでいる。橋の上からは、瀬戸内海が360度の視界に広がる。眼下の海の青さ、空の青さ、そして両者の境界線が引く水平線。その風景の美しさに、足を止めずにはいられない。
橋の上を歩くのは独特の体験だ。足元は数十メートルもの高さにあり、すぐ下が海である。その空間にいること自体が、非日常的な感覚をもたらす。海風が心地よく頬に当たり、塩辛い空気を吸い込む。こうした感覚を通じて、初めて海に囲まれた島々の旅へと本当の意味で足を踏み入れたのだと感じた。
各島への入口では、自転車を借りることができた。それぞれの島は、歩いていても自転車でもそれほど大きくはないが、島のあちこちに小さな祠や古い家並みが隠れている。そうした発見を求めて、ゆっくりと走ったり歩いたりを繰り返した。
一つの島を渡り終えて、また別の橋へ向かう。この繰り返しの中で、時間の経過を忘れていった。自転車で走る爽快感、徒歩で見つける細部の美しさ。その二つが交互に訪れることで、旅が単調になることはなかった。
島々の生活と季節
島の中をさまようと、そこには確かに人々の生活がある。小さな港では、漁師の仕事風景が見られた。古い民家の前には、地域の人々が育てた花が咲いている。こうした日常の風景が、島の魅力を一層引き立たせている。
季節は晩冬だった。瀬戸内といえども、この時期は冷えがある。しかし同時に、その冷えた空気の中に、春の兆しも感じられた。梅が咲き始め、野鳥の声が聞こえ、日差しが日に日に強くなっていく。そうした季節の移ろいを、都市部よりもより敏感に感じることができるのが、島での旅の素晴らしさである。
島の中の小さな食堂で昼食をとった。その地の海産物を使った素朴な料理。噛むたびに、瀬戸内の海の味が口の中に広がる。いかに新鮮な食材が、その場所でどう調理されているか。そうしたことが、旅の満足度に大きく寄与することを改めて認識した。
光が変わる中での帰路
午後も進んでくると、光の性質が変わり始めた。朝の柔らかな光から、昼間の青白い光へ。そして午後の光へと移り変わる。その光の変化とともに、海の表情も刻々と変わる。同じ風景であっても、光が変わると全く異なる表情を見せる。それを実感することが、この旅で最も感動的な瞬間の一つであった。
最後の橋を渡る頃には、夕方の光が差し込んでいた。黄金色に染まった海。その色の美しさは言葉では表現しきれない。空も海も、この時間帯には特別な輝きを持つ。そして、その輝きの中を通り抜けることができるのは、この旅の特権である。
しまなみ海道での旅を終えて、尾道の町へと戻った時には、すっかり日が暮れていた。しかし、目の中には瀬戸内の光と海が焼き付いていた。それは、写真には決して映らない、心に直接刻み込まれるものである。島々をつなぐこの道を再び歩きたい、その思いは強くなっていた。